デリバリー邂逅

 あれほど空いていたはずなのに、その空腹さえ忘れてしまった。
 
 ランチタイムなど言葉ばかり。この二ヶ月、バーを口に突っ込みながら大規模な捜査業務に奔走してきたが、さすがに嫌になってきた。そうでなくても健康的とはいえない惨憺たる食生活に、相棒であるレトロやクロックはもちろん、どこからか聞きつけたマカロンにまで苦言を呈される始末である。
 ちゃんとした料理が食べたい。しかし外食する時間など到底無い。
 ふと、休憩室の壁にフードデリバリーのチラシが貼ってあることに気がついた。これだ、とセティーはすぐさま注文をし、配達を待つ。五分後、到着完了の通知を受け取ったセティーが待ち合わせ場所へ出向けば、そこには黒色のキャップを被った白髪の青年がいた。
 一ヶ月ぶりの再会である。
 もちろんメッセージでのやりとりはしていたが顔を合わせるのは久しぶりだ。しかしジェイドはセティーの姿を認めてもなお淡々とした様子だった。
 会う予定など立てていなかったはずだがと動揺するも、ジェイドは気に留めることなく、真四角のリュックから取り出したビニール袋を突き出した。
「後が詰まっているんだ。早くしてくれ」
 急かす口ぶりに、セティーはようやく我に返る。ありがとうと商品を受け取り、問い質そうとふたたび口を開くも、背後からの声でかき消される。
「あらジェイド。いつも助かるわ」
「ちょうどよかった。探す手間が省ける」 
 現れたレンリにジェイドはまた別の商品を渡す。カラースプレーがまぶされたドーナツと砂糖入りミルクココアに、いくらなんでも糖分過多なのではと感想が浮かぶも、主題はそれではないとセティーは頭を横に振る。
「何でここにいる」
「配達を頼まれたからだ」
 お前が頼んだんじゃないのか、とセティーが受け取ったビニール袋を指差した。中身は白い箱に入ったエスニック料理。たしかに頼んだ。箱から漏れ出る、香辛料と胡麻油のきいた香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、腹がぐうと鳴る。
「冷めるから早く食べちゃいなさいよ」
「もしかして注文の内容を間違えていたか?」
「いや、ちがう。そうじゃなくて……、きみは知っていたのか?」
 注文内容を確認するジェイドを制し、早速ミルクココアを飲むレンリに話を向ける。
「ジェイドが配達のバイトをしていること? 週三日は会っているわよ。着実に届けてくれるし、何より顔見知りだから安心できるのよね」
「大事な得意先だ」
 ね、とレンリとジェイドは顔を見合わせて頷く。途端に面白くない気持ちとなったセティーは腕を組む。
「俺は知らなかった」
「言わなかったからな」
 状況が飲み込めたレンリは呆れたように二人を眺める。
「少しくらい顔を見せてもよかったと思うが」
「プライベートじゃなくて仕事だ。そんな余裕は俺に無い」
 不穏な空気が立ち込み、いよいよ剣呑になってきた二人にレンリが咳払いをする。
「あんたたち口下手なんだからせめて言葉にする努力をしなさい」
「言葉?」
「拗ねてるんでしょ。ジェイドが一度も会いに来なくて。素直に言いなさいよ」
「別にそんなことは……」
「ならなんで眉間に皺寄せてんのよ」
 寄せてない、と返そうとするも額に置いた指先で皺特有の盛り上がりを捉え、セティーは口を噤む。そしてようやく観念し、仁王立ちのジェイドに向き直る。
「きみの言う通りかもな……。ジェイド、これからは数分、いや数秒でもいいから顔を出してほしい」
 さみしいから、とつぶやいたセティーの言葉にジェイドは目を丸くするも、わかったと小さく返した。その声は掠れている。
 軽快な電子音が鳴る。
 ジェイドの端末からで、新規の注文を知らせる通知だった。キャップの鍔を下げ、じゃあなとジェイドは背中を向けて走り出す。
 そのとき、鍔から垣間見えた頬は赤く火照っていたのを、セティーは見逃さなかった。
「もう冷めてるんじゃないのそれ」
 指摘も耳を素通りし、セティーは茫然と立っていた。
 
 ふたたびジェイドの端末が鳴る。チップが上限まで支払われたことの通知が液晶画面にポップアップされたのを確認し、ジェイドはため息を吐く。無駄金を使うなと伝えなければと思いつつも、さみしいからと呟いた恋人の顔が蘇り、火照る顔をしばらく手で覆った。                   

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