お揃いの

 ふたたび深部へ沈む、その途中、落下音で現実に引き戻される。
 ベッドサイドに置かれた時計には深夜の時間帯が表示されている。久々に早く帰宅し、普段よりもはるかに早い時間にベッドへ横になったが、しかしまだ眠気はある。覚醒と睡魔の波が交互に押し寄せ、結局ベッドから足を下ろしたのは音の出所が気になったからだ。
 目蓋を擦りながら、セティーは明かりのついた洗面所へ向かう。先客の足元には蛍光色の蓋がひとつ。物音の正体はこれか、と拾うとセティーは落とし主に差し出す。
「夜遅くから、一体どこへ行くつもりだ?」 
 そこには鏡を目の前に四苦八苦するジェイドの姿があった。
 突然のことに驚いたのか、大袈裟なくらい体を跳ねさせて壁に肩をぶつける。
「そんなに驚かなくとも」 
「……まだ起きるには早い時間だろう」
 受け取ったワックスの蓋を閉めるその姿は、どうにもぎこちない。外見も普段と異なる。いつもは癖っ毛のある髪型をそのままにさせているのだが、何を思ったか前髪をすべてワックスで上げ、額を露出させている。
 服装も見たことのないスーツであった。光沢のある黒のスリーピースに、髪の色に合わせた純白のネクタイ。色彩を抑えることで眼の色を引き立てたパーティー向けの華やかな装いに、特別な事情が発生したのではとセティーは推察する。 
「そうだな……、お前が隣にいないものだから寂しくなって起きてきた」
「一体何を言っている?」
「前に観た恋愛バラエティのフレーズを取り入れてみたんだが」  
「くだらんものを観るのはやめたおいたほうが身のためだぞ」
「なら別の番組にでもしておくか。こういうのは恋愛ドラマとかがいいのかな。せっかくだ、お前好みのおすすめでも教えてくれ」
「いや、そうじゃなくて……。まあいい、俺が悪い」  
 皮肉に冗談で返すセティーにジェイドはため息をつく。
「例の探し物がオークションで出品されると連絡を受けた。流れで俺も参加する羽目になったから、それなりの格好をと」
「誰かに見立ててもらったのか?」
「一緒にオークションに出るやつに」
「いい趣味だ。ん、髪が跳ねている箇所がある。少し屈んでくれ」
 言葉通り、頭を少し下げたジェイドにセティーは目を細める。そして、あらわになったその額に唇を落とした。
「!」
「その髪型いいぞ。お前は男前だから額を出すとさらに魅力的だ。何より、こういうことをしやすい」
「もう少し寝ておけ」
 照れにより、顔が赤くなった様子を見られたくないジェイドはセティーの背中を押す。抵抗するのも面白いが、しかし再び到来した眠気に負けそうなセティーはなされるがままになる。
「なあジェイド」
 ベッドに寝かしつけられたセティーは、ブランケットをかけるジェイドの腕を掴んだ。 
「何だ、俺はもう出る」
「その髪型のまま帰ってきてくれ」
「……わかった」
 ジェイドは逡巡するも、ありがとうと呟くセティーの額を撫でる。やがて手は離れ、名残惜しげに青と赤の眼が見つめ合う。
「必ず成果を収めてくる。だから、待っていろ」
「なら俺はしっかり睡眠を取って褒美の準備でもするかな」
「寝落ちだけは御免だ。頼むぞ」
 ジェイドはベッドから離れ、玄関へ向かう。そして立ち止まり、振り返った。
「セティー。お前の髪型も人のこと言えないんじゃないのか」
「と言う割には、俺の額に口づけを落とされた記憶があまりないな」
「……帰ったら嫌になるまでしてやる」
 楽しみが増えたな、とセティーは呟く。眠気にふたたび迎え入れられ、霞みゆく意識で額に柔らかな感触を捉えたが、セティーがその正体に気がつくのは目を覚ましてからしばらく経った後であった。

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